小学校における新学習指導要領が2020年度から全面実施されます。
特に注目を集めているのは,これまで小学5、6年生で行われていた「外国語活動」が小学3、4年生に前倒しされ,5、6年生では「外国語」として教科化されることです。
教科化されるということは,文科省の検定を通過した教科書を使って,すべての児童に英語の成績をつけるようにするということです。
賛否両論ありますが,小さな子供をもつ保護者はおおむね好意的なようです。
これからグローバル化がさらに加速する中では,英語は特定の職業に限って必要なスキルではなくなりますし,英語教育の低年齢化そのものは悪いことではないと思われます。
一方で日本の状況にネガティブな影響を及ぼしそうなデメリットと言える点も複数考えられます。
以下では筆者が考える英語教育低年齢化に伴う不安な点を述べていきたいと思います。
英語ができれば国際人として一人前だという大きな誤解
「日本人は中高6年間も英語を勉強しているのに英語が話せない。」という批判をよく耳にします。
だから小学校から英語教育を始めて話せるようにしようということですが,では全日本人が日英バイリンガルになるとどんな深刻な課題が解決できるのでしょうか。
英語を話せるようになるだけでは根本的な解決にはならない
おそらくですが,英語が話せると将来の選択肢が増え,ビジネス的にも成功する可能性が高く,そのような日本人が増えることによって国際的な日本の存在感が増すという理想がこの教育改革,というよりこれまでの英語教育の歴史のベースにあるのではと思います。
国際社会で活躍するために英語ができることは必要条件ですから,筆者はこれに真っ向から反対することはしません。
しかし,日本で日本語ができても人と差別化できないのと同じように,国際社会では英語ができるだけでは競争に勝つことはできません。
英語教育低年齢化によって,小さい時に感性や思考力,表現力を育成する小学校の授業時間が少なくなることは心配です。
目指すべきは国際人ではなく,国際的日本人
英語教育が低年齢化すればするほど,英語への触れさせ方は繊細になってくると思います。
保護者が半ば強制的に英語の重要性を説き,英語の習得だけを目的にしていると,子どもの中では欧米社会に対する日本と日本語の価値が薄れていきます。
文化的,言語的劣等感を持たせることは教育の失敗です。
英語教育低年齢化にはそういった危険があります。
外国語学習の最も自然な動機は「自分の考えを伝えたい」「相手の考えを聞きたい」という欲求から出てくるものだと思いますので,欧米に迎合するのではなく受容する態度で英語を学ぶということが必要です。
そうすると日本と外国の文化的な差異や考え方の違い,ひいては日本の強みや自分の強みが見えてきます。
国際社会で堂々と存在感を示す日本人とは英語がペラペラな日本人ではなく,そういった日本人としてのバランス感覚を持った国際人です。
英語教育の低年齢化は,教える側にも大きな責任があり,制度を作ってあとは小学校の先生に丸投げするだけでは不十分です。
小学校の教員の負担が大きすぎる
新しく教える科目が一つ増えるという負担
上にも説明したように,小学校に英語教育を導入するには,それ相応の教育体制の整備が必要です。
特に教授者である小学校の学級担任においては大きな責任を負わされます。
文部科学省が発表した「英語教育実施状況調査」の結果によると、英検準1級,TOEIC730点相当の英語力を持つ中学校の教員は30%にも満たないという結果が出ています。(出典:平成28年度「英語教育実施状況調査」)
もちろん数値化された英語力と教科指導力に相関はありませんので,教員の英語力の低さを非難したいわけではありません。
しかし,中高の英語教員は大学で英語教育の専門課程をクリアしないと免許が出ませんが,小学校の先生は英語の資格は不要です。
英語を専門に教える中学校の教員でさえこの英語レベルであるのに対して,他の教科に加えて専門外の英語を教え,さらに成績をつけて評価しないといけないとなると小学校の教員への負担は計り知れません。
最近ではALTを多く雇い入れる自治体や,小学校で英語を教えることのできる民間の資格もあり,サポート体制が整備されつつあることも事実ですが地域格差等はあります。
低年齢の英語教育に最も重要な「音声面」
また,低年齢から英語教育をするにあたって最も大切なことの一つに「正しい音」が挙げられます。
低年齢の段階から英語の音に慣れ親しむことを目的にしているのに,目の前の先生が正しい発音を聞かせてあげられないということが起こっては本末転倒です。
すべての小学校にALTを常勤させるくらいの整備が必要だと考えられます。
まとめ
この記事では低年齢(主に小学校)での英語教育について,①英語力だけでは国際競争力は向上しない,②小学校教員の負担の2点を問題点として挙げました。
もちろん,小さいうちから英語に慣れ親しむことそのものはまったく悪いことではないと思っており,上に挙げた2点は英語教育の周辺環境的な問題と言えます。
しかしながら,英語教育はどうしても政界・経済界の外圧がかかりやすく,数値化された結果を求めて改革が拙速になり気味だと筆者は感じています。
子供にとって一番良い英語教育はどのような形か,現場の先生や保護者の方も一緒に冷静に考えてみたい時期かもしれませんね。